人の死を想像させるミスチルの「血の管」という歌が好きです

20151005044100

「死にたくない」というテーマのブログが2回に渡り綴られておりましたが、わたくしも実は死に対して非常に強い恐怖感を未だに感じておりましてですね。そういう話を知井さんと二人で一緒にしていたのがつい先々月くらいの話です。

ある人が言っておりました。(脚色あり)
「わたしはね、死に際に言うセリフを決めているのです。それはね、『死にたくねぇよぉ〜』(笑)、その言葉はね、今世生きたことを最高に肯定した言葉、神様への褒め言葉だと思うんです。だから、そう言えるくらいの人生を送りたいよね」
というような意味の言葉だったと思いますが、詳しく覚えておりませんので、ちょっと自分の意見も入れてしまいました。

でも、素晴らしい解釈だと思うのですよ。
「死にたくねぇよ」って言いたくなるほどの人生って、どんな人生なんでしょう。
この人生に一片の悔いなし!って、すごく良い言葉だけど、その先もあるんだなって思うんですよ。
死にたくないほどに良き人生。それもいい。

アインシュタイン博士もそう思ってたんじゃねーのかな。
「僕はこの世界の3%の知識すら知らない」
って言ったんだから。

そうだな。僕も、1%どころか、0.1%も知らないんだろうな。
こりゃ大変だ。
だって、よく見るチェーン店のどんぶりの味すら知らねーんだから。
こりゃ由々しき事態だ!とか言ってたけどさ。

はい、ということでね、口調もくだけてきたところで、ブログでも書いていったろかって思うんやけども。

はい。まさとです。
 
 
「血の管」
っていう歌があります。

Mr.Childrenの歌なんですけど、僕はこの歌が妙に好きなんです。
短い曲なんですけどね、なんかちょっと鬱になりそーなピアノのイントロなんだけど(笑)、そのあとに始まっていく歌の柔らかさと優しさと穏やかなメロディーに、あぁ〜って思ったミスチルファンもいるのではないだろうか。
まぁ、大体の人が「飛ばしてた」って言うような、マイナーな曲なんだけど、僕は本当に好きなんですよ。
 
 
 
 
血の管

川下の方で光る
水面ぼんやり見てた
そっと目を閉じてみる
あなたを感じる

彩りを増すばかり
愛しい日の面影
もどかしい程
心に降り積もる

柔肌の上に浮かぶ
血の管にくちづけた
あの夜を想いだす
独りを感じる
 
 
 
 
この詞から、どんなことを想像するのかは人それぞれの自由だけれど、僕は単純に、物悲しい、苦しくて辛い、想像もしたくないような、「大切な人の死」を想像しました。
そして、その想像と共にこの歌詞を見て、歌を聴いていると、ジーンと胸に響いてくるものがあるのです。

「苦しさにも似た感情にもう名前なんてなくていいんだよ」byミスチル
的な・・・、なんとも言えない苦しさがあるんです。胸に響くあの、言葉にできないやつが来るんですよ。

そして、思うんです。
 
 
『家族を大切にしよう』
『妻を大事にしよう』
『今ちゃんとできることをちゃんとしよう』
 
 
僕は、「死」が恐いと思っているけれど、僕は、人が死ぬこともとても恐いと思っている人です。

なんだけどね・・・思ってることがあるんです。
ま、正直に言えば、本当はそんなことを思い切ることはできないけれど、でも、理想的なことは、僕が一番長生きできれば良いなってことなんですよ。そんなこと考えている。
子供達よりも長生きしたいなぁ・・・。

でも、僕がもし先に死んでしまったら、僕だけは本当に楽なんだろうけど、それもまた、想像していくとすごく辛くてさ。自分が死んで悲しむ人たちはいる。絶対いるよ。いないわけないよね。自分でそんなこと言うのって自信過剰!?とか、思う必要ないよね。絶対悲しむ人いるんだよ。だから死にたくない。生きたい。
でも、もしも僕が独りになったら、それはそれで、この血の管のような悲しみを背負うことになる。たくさんの人たちの死を背負い、僕は果たして生きていけるのだろうか。いや、無理だな。

どちらがいいんだろうか。
いいや、どちらも辛いだけ。

いいとかじゃなくて、どちらを選ぼうか。心の中でっていう話なんだよな。

考えてみれば、子供達は僕より長く生きてくれなきゃ…、って思うしね。
でも、子供達に僕の死っていう苦しさを味あわせるのは辛いなぁって思うし。
それでも、僕の方が先に死ぬんだろうけど。
だから、どちらがいいとかでもなくて、どちらかになるだろうって話で、受動的であるしかないよね。これに関しては。
考えるのをやめるのか、考えてないくらいにいつまでも考え続けていようか。

はい、少し話は逸れたけど…
そんなことを考えさせてくれた歌であってさ。
そして、いつでもそういうことを思い出させてくれる。

何事もない人というか、問題が起きない人たちがいるというか、仲が良い人がいるじゃない。
そういう人たちを、もっと大切にしたいなって気持ちになる。
だって、死ぬんだから。遅かれ早かれ、僕が早いか、相手が早いか、この2択しかないのだから。

だから、大事にしないとね。

死ぬことを考えると、そんなことを自然と考えることができるんだよね。
死を意識することによって恐怖感も薄れていくんだよね。
自分にとって、もうちょっと気にした方が良いことがあるんじゃねーかなって気にさせてくれる。

今、何をしようか。

わからないんだけど、バカなことは言ってないでちゃんとしようって思えるっていうかさ。

ま、そんな感じでね、この歌が好きなんです。
死をイメージさせてくれる。大事な人の死をイメージしていくと胸が苦しくなるんだけど、苦しいんだから、何かをしようって思えるんですよね。苦しさから逃れようとして、大事な人をもっと大事にするとか、できるよね。
だから、自分が想像で作る苦しい気持ちってのは、ある意味良い原動力になるね。

忘れないようにしよう。

僕も、あなたも、いつか死ぬ。

そんなことを考えながら、車の中でこの曲を熱唱する僕なのです。

その時がもしも来たら・・・
「花や草木に習い僕ら黙って手を振ろう バイバイ」(byミスチル。)
なんてね、思うよ。

人気ブログランキング久しぶりに4位まで上昇中☆
ブログ村も5位まで上昇中\\\\٩( 'ω' )و ////
1位を目指してます(笑)。
今日の記事良かったよ!という方は、
クリックしてね~~\(^_^)/
 ↓↓             ↓↓

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

コメント

    • ナオ
    • 2017年 6月 05日

    私もこの歌好きなの〜!!
    あのイントロからくるよね〜〜!
    なんだか心に染みてくる
    死を想像して聴くとさらにいいね
    せつなくて儚くて、、、

    死んでいく方がいいよね、、、
    私は死を背負えたらなぁって思う
    亡くなる人より1日でもいいから
    長生きしたいな

    亡くした辛さは本当にキツイから
    嫌だけど!!!
    だからこそそんな想いを
    大切な人にさせたくないな、、、
    死が来ることを分かっていてそれでも
    そこに向かいたい!って思う!

    • たもりまさと
      • たもりまさと
      • 2017年 6月 17日

      ナオちゃん!
      うぉ!話が合う人がいたなんて!笑
      昔は好きじゃなかったんだけどね僕も、イントロがすごく鬱っぽいから(笑)。でも、櫻井さんが「葬式っぽくしてほしい」って要望を出したって後から知って、なるほどなーって思った。まぁ少し時間が経って、28歳くらいの時にあらためてこの曲を聞いたら、なんだか涙が出てきそうなくらいにじんわりしちゃってね。大事な人たちをただ、守らなきゃな僕はって心に決めることができたなー。だから、とても好きなんだよね。死を思わせるというか、思い出させてくれる。そんで、人の死もあれば、僕自身も死ぬだろうし、どちらも悲しいんだってことも思い出させてくれる。大事にしよう、大事にしようって、相手と自分に対しておもえるよね。最終的には、くるものはくるんだから、それまで楽しく生きていようってなるけどね!

  1. この記事へのトラックバックはありません。

【無料】氣愛通信メルマガ

ブログの更新をメールでお知らせ!2017年3月現在12439名がこのメルマガを購読中です☆FXの有益なノウハウが詰まったコンテンツや、セミナー情報、講演会情報、お得な情報もいち早く優先的に知ることが出来る氣愛通信メールマガジンに無料で登録してみませんか?メールアドレスを下記に入力して送信を押すだけで登録は10秒以内に無料で完了します♪
遂に知井道通公式LINE@を開始☆FXの有益なノウハウ、セミナー情報、 講演会情報、お得な情報もいち早く無料で配信中(^^♪

バーコードでも、友だち追加でも、どちらからでも簡単にすぐ登録ができます( *´艸`) 友だち追加
ページ上部へ戻る