何も変わらないのだとしたら

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おはようございます。

まさとです。

 

少し変な話します。

苦労したことも、楽しく話すことができればいいなと思っていて、

実際に大変だったこととか、辛かったことを、本当におもしろいなーって思いながら話すことがあります。

でも、そうすることのできない出来事だってあります。

そんな時に、無理に楽しく考える必要は無いんじゃないかなって思います。

 

ある日、ある時、自身の大切な人が、居なくなってしまうと宣告されてしまったとしたら。

僕が真っ先に考えることは「なぜ?」ということです。

論理的に。精神的に。スピリチュアル的に。いろいろです。

そのために、いろいろなことを考えるんです。

そして、誰かからいろいろな意見を聞きます。

その「意味すること」とかね。心の話とかね。いろいろですよね。

それが、例えば「導き」なのかもしれなければ、決められた「道」なのかもしれないですよね。

なんでもいいですが、そういった意見があった時に、僕は思うんです。

「あぁ、そうなんだ」ってね。

で、僕がその先に思ったことなんですが。

「それで本人の何かが変わるのか?」です。

例えば、本人がとてつもない痛みに耐えていたとして、

それを見ている僕は、とても、もう、胸が張り裂けるという表現がまさにって思うくらいに、苦しいんです。

で、その苦しみを和らげるために、いろんな話を聞き、僕は納得して楽になるんです。

だけど、それで、本人の痛みは消えるんですかって言ったら、おそらく消えないんですよね。

消える?消せる?人もこの世の中にはいるかもしれませんよ。

でも、僕の場合はおそらく消えないんですよね。

じゃぁ、どうしたらいいんだろうって思う訳です。

頭に思い浮かぶことはとても簡単です。

とは言っても、簡単ではない感覚もあり、いやむしろ、簡単ではありません。

それでいて、シンプルです。

「その苦しさを受け止める」

僕には、これしか思い付きませんでした。

 

誰がどーのとかではなくて、僕の話なので、ちょっと表現があれかもしれませんが、聞いて下さい。

目の前に起こる現実から逃げるための何かを考える。ってことなんじゃないかと思うんです。

僕がしていたことは。

目の前の出来事に対して感じる苦しさを和らげるための考えがあってもいい。それは思います。

でも、目の前の人が苦しんでいるのは事実。そして現実です。

だから、僕は僕が勝手に思う、そういった「気休め」のようなことを求めるのはやめようと思いました。

つまり、“現実を受け入れよう”と決めたんですね。

 

さて、それなら、どうしたらいいんでしょう。

ほぼ、なんにも出来ません。

何をしても変わらないってことですよね。僕が言っていることって。

だから、何もしないのかっていえば、そうでもありません。

例えば、目の前に苦しんでいる人がいるとして、

僕達が何を思ってもその人の苦しさってあんまり変わらない訳で。

僕達がどれだけ楽になるように考えてもその人の苦しさってあんまり変わらない訳で。

なにも変わらない訳で。

だとしたら、僕は、その人の前では楽しく接したいって思うんですね。

どちらも変わらないんだから、だったら、楽しくしたいな。そうしたいなって思います。

 

僕の言っている話は、現実に何の変化ももたらさない。

その人の痛みは、変わらないかもしれない。

だから、何もしないのではなくて、だからこそ、意味が無くても良いことを選びたいって僕は思います。

 

この話に答えはありません。

僕の思うことに意味があるのか無いのかもわかりません。

何が変わるのかといえば、何も変わらない可能性もあります。

どちらにしても何も変わらないんだとしたら、良いことを選びたいって思います。

 

今日は、そんなことを思いました。

久しぶりに、すらすらと記事が書けた日です。

今日は日曜日です。

みなさん、ゆっくりお休み下さいね。
 




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コメント

  1. おはようございます。
    まさとさん、はじめまして^^
    私は、実際にこの記事と同じ体験をしました。
    母親が亡くなった時です。
    私はもう成人していましたが、
    母は40代の若さで亡くなりました。
    最後に病院で看病するときに、

    『父から、これから生きていく自分達が、
    後から後悔しないよう考えて、精一杯やろう』

    なので、私と妹は、
    癌で苦しむ母を見ているだけでしたが、
    絶対に後悔しないように、精一杯看病しました。

    もちろん、看病したのは、母の為ですが、、
    自分の為でもあったんだと思います。
    自分が後悔しないために、
    今、何をするべきか。。。
    とても、大事なことだと、私は思います。
    今回の記事で、再確認できました^^
    まさとさん、ありがとうヽ(*^^*)ノ

    • たもりまさと
      • たもりまさと
      • 2014年 12月 04日

      高谷さん♬
      はじめまして!
      コメントして下さいまして、ありがとうございます☆
      そうなんですか。同じ体験をしたのですね。僕と同じですね♬
      そういうことって本当に大切だし、大事にしたいことなのですが、なんでしょう、忘れてしまうんですよね。
      思い出せたことは良いことかもしれませんが、出来れば忘れたくはないし、みんなにそういった気持ちで接していきたいなって思います。
      また、出来ることがあるのなら、出来る時にやるようにしようって思います。
      出来る時にしないと、こんな突発的な何かが起こったら、後悔しかしないですもんね。
      まぁ、何をしたって、たぶん後悔ってするんですけど、それでも、思い残しが無いように、全力で接していきたいなって思ったりしました。
      僕も、今回のことで再確認できました☆
      同じ気持ちの方が居て、嬉しいです♬
      ありがとうございました♬

    • 2014年 11月 30日

    “楽しく接する”
    私も同じようにするなー…なーんて勝手に思ってしまいました。。

    毎日違う花を飾ってみたり、思わず笑ってしまう写真を集めてアルバムにしてみたり、
    笑っちゃう動画でも良いですよね。
    “笑う”ってとっても大切なことだし、
    結局のところ、笑顔をみたいですもん、その方の。
    何も変わらないかもしれないけれど、
    “今日少し辛そうだったね。。”という1日よりも
    笑顔を見て“今日も笑ってたね〜”という1日が多い方が、何も変わらないかもしれないけど変わりそうです。。

    全力で笑顔を見せて、元気な姿を見せて、心の元気を得て欲しいです☆

    何が言いたいのかさっぱり分からないコメントになっちゃいましたが…
    まさとさんのその考え、選択がとっても素敵だし、私も同じ選択をしようってことです。
    ありがとうございました☆

    • たもりまさと
      • たもりまさと
      • 2014年 12月 04日

      ☆さん♬
      同じようにしますよね☆ありがとうございます♬
      アルバムのアイディアは僕もやってますよ☆2日に1回くらい作ったり作ってもらったりして、持って行っています。
      なんでしょう。例えば入院している時って、一番の問題っていったらあれですけど、何が嫌かって言ったら、寂しいんですよね。僕も入院したことあるので、僕はそう思うんです。
      それが、アルバムがあるだけで、写真を見れるだけで、なんだかホッとしたり、微笑んだりしますよね。
      だからこそ、アルバムって本当に良いなって思ったりします。
      今は携帯電話で写真を見ることもできるんですが、手に取って、1ページずつめくっていく楽しさっていうのも、リハビリにもなるかもしれませんしね。なんて思います。
      笑うと免疫力が上がるそうです。笑って病気を直す病院も世の中にはあるそうです。素晴らしいですね。
      そういう意味ももちろんありますけど、痛いものは痛いかもしれません。
      それでも、笑顔で居たいですよね。そう思います。
      同じ選択をしていきましょう☆ありがとうございました☆

    • ゆにこ
    • 2014年 11月 30日

    まさとさん、はじめまして。
    「笑い」ってなぜ存在するのでしょう?
    今日の記事を読んで、ふとそんな事を思いました。

    • たもりまさと
      • たもりまさと
      • 2014年 12月 04日

      ゆにこさん♬
      笑いがなぜ存在するのかは、自分で意味を作ってしまっていいと思います。
      楽しさってなんであるのか。この感情の中で、嬉しいとか楽しいって確実にありますよね。
      なんであるのかって言ったら、正直わかりませんね。答えがありません。
      ただ、神様という言葉を使うとしたら、神様が人間に身に付けた機能?ですね。
      その機能があるということは、意味があるんでしょう。
      その意味は、この世に明確な答えはたぶんありません。
      でも、笑いって、起こると嬉しいし、楽しいですね。
      ある意味、それが答えですよね。
      なぜ存在するのかというよりも、僕は「笑い」って気持ちが良いなって思います。
      それだけで答えとしては充分かなって僕は思います。
      なんてことを思いました☆
      ありがとうございました♬

    • miwa
    • 2014年 11月 30日

    とてつもない痛みや苦しみが続く時がありました。
    原因もわからず、点滴に繋がれ、一滴の水も飲むことを許されませんでした。
    いつ終わるのかわからない入院生活。

    付き添ってくれる家族に感謝をしていても、痛みが辛いときはとにかく何も考えられなかった。
    叫びたくなるような痛みの時は構わないでほっといてほしい気持ちと、一人でいることの不安の両方が交互にきました。
    でも常に寄り添ってくれる家族が居たから心の底で安心することが出来ました。

    とにかく愛する人がそばにいてくれること。
    どんな状況でも笑顔で寄り添ってくれること。
    それが一番の支えでした。
    痛みは変わらないかもしれないけど、愛する人がそばに居ることで心は愛と安心感で満たされると想います。

    • たもりまさと
      • たもりまさと
      • 2014年 12月 04日

      miwaさん♬
      辛い時があったんですね。
      辛い時は辛いですよね。僕も同じく、入院、点滴、絶食という経験があります。

      そして、常に痛いんですよね。
      お腹が痛かったので、笑うとめちゃくちゃ痛かったですね(笑)
      たまに笑わせに来る人が居たんですが、早く帰ってほしかったですね(笑)
      それは冗談ですが、笑うと、痛いんですが、なんでしょうね、あんまり辛くないんですよね。不思議です。
      また、家族がそこに居るだけで、安心感がありますよね。

      家族が帰った途端に痛くなったこともありましたからね。
      本当にそうですね。そばにいて、笑ってくれるだけで、助かりますね。
      なんてことを思います。
      とにかく、僕が今できることを、やり続けていきたいなって思いました♬
      ありがとうございました☆

    • やいロン♡
    • 2014年 12月 01日

    過ぎ去った今だから…

    こそ、受け入れられても、その渦中では、
    そうは言っても、なかなかどうして…な状態ってありますよね…

    私も10年ほど前にありました~

    自分の中である概念が折り合いつかず、
    思考もまとまらず…
    笑おうと意識的にするんだけど、
    それもままならず…
    生命があるのに、まるでそのエネルギーが眠っているような虚無感のような日々…

    普段、私は親友に話すと結構、スッキリするんですが、
    概念というぼんやりしたものでもあり、
    具体的な問題というものでもないから、

    結局、自分でも、ただ話してもスッキリしないというのが、なんとな~く分かっていて、

    ただ、解決しようのない私の愚痴のようなものを、ただひたすら聴いて欲しいような欲求というか…

    客観的に、そんなの友達もきついだろうな~
    と分かる故に、
    親友といえど、そう頻繁には話せない

    …と感じ、思っていて…

    でも、どうにか打破したいという深いところでの意思があり、
    もがきの的となったのが、叔母でした☆

    その叔母は、決して断定した言い方をせず、ただ、ひたすら聴いて
    問いかけるような会話の仕方だったり、
    また諭す…というより、
    「自分だったら、こう思うな~」
    という、目線が一緒のような姿勢で会話してくれるんですね☆

    本当、よく電話してましたね~

    本当、よく付き合ってくれました~

    「なん、また架けてきたね~ どんなね~?」
    みたいな軽い口調で言ってくれることが、ありがたくて、ありがたくて…

    こんな私を、その、ありのまま、受け入れてくれている…

    否定もされず、啓蒙もされず、ただ受け入れてくれ…
    あの時の私って、あるがままの私を頻繁に受け止めてほしかったんでしょうか…

    …そんな毎回の会話の中での
    ある日の叔母の一言…

    「あ~、でも、やいロンちゃんが元氣のない今、いかに普段、やいロンちゃんの何氣ない会話に励まされて、元氣もらっていたかって氣づいたよ~」
    と。。。

    けして深刻めいてなく、軽快に何てことない会話の一コマみたいに言われた時、私はハッとしたのを今でもはっきり覚えています♪

    叔母がどういった意味で言ったかは分かんないですが、
    私には、叔母の言葉が、私は私のままで、普通にしているだけで、誰かの役にたっている…

    私という存在が人との関わりの中で、ただそこにいるだけでも影響しあう、

    ただ、生きているだけ誰かの喜びになっている…

    といったインスピレーションのようなものが瞬間で胸に響いた感じでした!

    私にとっては、密かに、

    「あ~、今、目前の叔母をまた元氣にさせちゃう私になりたい

    それって私の心が望むことだな~」

    って、思えた瞬間、微妙にシフト変換したの覚えています☆

    それから、ポーンと欲求のままに、叔母に電話していたのを、
    少しずつ、意識して行動を変えていったのを覚えています。。

    ただ、大地のようにどっしり暖かく、受け止めてくれ、
    そして、幾度となく、話を聴いて、私の心を耕してくれ、
    私の心という種に水のような潤いをくれて、
    私の中に花咲く力はあると信じて、太陽のような光を与えてくれたな~

    と、私はそんな思いに至る事ができました〜

    そんな経験から、私も
    「その苦しさを受け止める」ってこと、
    まずは、したいこと…です♡

    人との関わりを、今一度、深く考えるきっかけになりました!(そして、長々とすみません>_< )

    正人さん、ありがとうございますっ!!

    • たもりまさと
      • たもりまさと
      • 2014年 12月 04日

      やいロン♡さん♬
      素敵な叔母さまですね☆
      人と人との付き合いの中で、僕が気にするのは「言い方」です。
      僕もまだまだ出来ないことはあるのですが、とにかく言い方には気を付けているんですね。
      叔母さまは、言い方が柔らかいのかな?と。
      だから、どのようなことでも不思議と受け入れられるのではないかなと考察しました。
      僕もそういう人間になろうと努力しております☆
      でも、自分も確実に周りに影響を与えているっていう氣付きの良いきっかけにもなったんですね。
      誰かしらがした何かで、巡り巡って知らないうちに僕に何かの影響がある。
      それが、この世ですからね☆
      だからこそ、自分の接し方にも、気を付けることがたくさんあるんだなーって思います。
      そんなことを、やさしく教えてくれているのではないでしょうか♬
      なんて思いました☆
      僕も、参考にします!あざんす☆

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