人間らしく生きる

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人間らしさってなんでしょう。
今、すでに人間をしているのに、なぜ人間らしさの話をしなければいけないのでしょうか?
って思いません?笑
僕も、タイトルを書いた瞬間にそう思いました(笑)
まぁ、どーでもいいですね。そんなこと(笑)
なぜ人間らしさの話をしなければいけないのか?っていう疑問はどーでもいいですから(そういうことにします)、
話していきたいと思います。

はい!金曜日のまさと君です!
どーでもいいですか?
それ、正解です☆

 

ーーーーーーー

 

去年は、人間らしさというものを「怒り」というテーマから考えてみました。
どういうことかって言えば、「嫌だと思うことを嫌だと思わないようにしないことも必要」ってことですね。
怒るってことは、嫌だってことでしょう。少なからず何か嫌なことがある。
物事、全てが正解という訳でもないですけど、怒って良いこともあるでしょうって考える訳です。
感覚的な話ですけれども、自分の心がどういった状況を求めているのかっていうのがわかるのが「怒り」って思う訳ですね。

これって、難しいんですねー。言葉にするのが。
だって、何でも良いから自分が嫌だと思ったら怒れ。っていう訳でも無いですから。
何でもかんでも怒っていたら、つまらない。うまくいかない。体調も悪くなる。
どちらにしても、機嫌がよろしくないのは確かなので、おもしろくはないでしょう。
おもしろいって「顔が明るい」って意味があるらしいですけど、顔が明るくはないですね。怒っていたら。
でも、世の中の人って、笑顔が好きだし、楽しいことが好き。
だから、怒りって、必要の無い時は本当に必要が無いんですよ。

でも、全てにおいて、不必要な訳ではない。

あるミュージシャンが言っていました。
携帯電話を無くした友人へ言った言葉。という例え話で。
Aさんは「今のあなたに必要無かった」Bさんは「これも最善の宇宙タイミング」と言うけれども、
僕は「ただうっかりしてただけでしょ」と言いました。っていうね。
僕もそっちの感覚派なんです。

で、何が言いたいのかって言えば、
「怒らないようにしよう」って思うのは大切ですし、僕も未だに頑張ってそういう人間になろうとしているんですけど、
僕は例えばですけど、知井さんの悪口を聞いたら、めちゃくちゃ怒りますけどね。っていう話です。
大事な人のこと悪く言われたら、そりゃ怒りますよ。
僕と付き合いのあるある人が居て、『その人と付き合っていると苦労するよ』って言われたことがあるんですけど、
怒りますよ。そんなこと言われたら。そのある人と僕は仲良しなんだから。っていう感じです。
まぁ、怒る理由はそれだけじゃなくて、もっと根深くあったんですけど、これもものの例えです。

また、ある人が言ってましたね。
「師匠の悪口を言われてヘラヘラ笑ってるような奴は、優しいんじゃなくて単なる馬鹿だよ。もっと喧嘩しろ(笑)」
これもものの例えですけれども。僕はそっちの感覚派なんです。

怒りって本当にいらないなって思うことがある。
でも、「なぜそんなことを平気で言うのか?」っていう言葉を聞いた時に、
「この人は怒らない人なんだろうな。だからわからないのかな」って思う事があります。

「怒り」そのものが「悪」というような感覚がある人が居て、
そういう人が僕に向かって平気で嫌なことを言ってきます。
それに対して僕が怒ると「僕は駄目な奴」となるのです。
いや、怒りそのものが悪だから、物事の分別が付かなくなることもあるんじゃないでしょうか。
だって、平気で嫌なこと言ってますよ。
それに対して怒ったら、『怒りそのものが悪だから』ってなるのだとしたら、
まぁ、話が進まなくなっちゃうよねって思うんですよ。

でもね、それでもやっぱり、怒りたくはないですよ。
大らかな人間になりたいなって思いますよ。
許せる。器の広さ。大きさ。深さ。
「まだまだ、それくらいじゃ僕を怒らせることはできないぜ♬!!!」
みたいな人になりたいですよ。

だからねー。結局は「たまには怒ってもいいんだぜ」なんですけど「いつも怒り過ぎちゃだめだぜ」なんですよ。
偏っちゃいけないんですね。人それぞれの感覚ですけどね。

あー。言葉にするのって難しいですね。
自分で書いてて、こう、支離滅裂になっていやしないか。って思います。
怒りたくないけれども怒っちゃう時もあるし怒って良かったと思っていいっていう時もあるよ。ってことなんですけどね。

先日ですね、こんなことを言われたんです。
「まさと、キレやすくなったんじゃない?」

・・・

・・・・・

・・・・・・・

その通りかもしれません(笑)
でも、その時も、すごく嫌なことがあったんですよ。
だから、怒っただけなんですけどね。
どーも、怒りってのは、偏見があるように思います。

知井さんと僕が仲良くなった理由なんて、絶対に「怒り」ですけどね(笑)
まぁ、2人で話している時はなんか笑い話になっちゃって、いつもスッキリするんですけどね。

この、言葉にすると許容できなくなる、中間点みたいなのって表現するのが難しいですね。
極寒と灼熱の中間はちょうどいい空気が流れているって言いますが、
まったく怒らないことと怒り続けていることの中間っていうのは、どんな状態なんでしょうね。
不必要なことには怒らず、必要なことには怒るって、どういう感じなんだろう。
これっていうのも、結局は人それぞれ譲れない『何か』って違いますもんね。

あー。答えの無い話。
答えが無いからこそ、答えを探し続けることが出来るんですけどね。
その「答えが無い」ということは、どこかに答えがある「可能性」が残り続ける訳ですから、
やっぱり、人間っていうのは際限無く成長し続けていけるってことなんですね。
なんて、話がだいぶ逸れましたが(笑)

怒ってしまうことは、怒ってしまう理由があるから、怒ってしまって「あぁ…」って落ち込む事とかはあまり無いとは思いますけれども、落ち込まなくてもいい怒りってのもあるし、出来れば怒りながらも笑えるような、ある意味ネタみたいな感じで笑える怒り方とかもできると、言ってる方がスッキリするし聞いてる方が笑えるしで、一石二鳥みたいなトーク術もあるといいかもしれませんね。

答えが見えませんが、終わります(笑)
怒りに偏見を持つのはやめて、怒りをうまく付き合っていきましょう。
あざんした☆
 




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コメント

    • 松岡良一
    • 2015年 5月 23日

    まさとさん、お誕生日、迎えられて、ますます輝いています。眩しいです。いつも、ありがとうございます。私の父親は、九州男児で、小学生の頃、通知表をもらっては、頭が悪かったので、拳骨をもらっていました。だから、父親、怒る!怒りに対して、私の最初の感情は、怖いでした。船に荷物を運ぶ仕事、土木作業員、ガソリンスタンド、道路工事の旗振りの仕事、整骨の仕事をするようになって、整骨院勤務、病院勤務時代を通して、出来上がった価値観は、人によっていろいろな考えがあるんだなでした。(それまでは、警察官志望というのもあって、恐ろしく狭い正義感をもっていました。)この時の怒りに対して感情は、忍耐でした。どうしても、クセのある人に対しては、怖くて、意見が言えませんでした。ただ、病院時代に、一度だけ、じいちゃん先生に対して、先生の教わった通りに、患者さんに行った事に対して、違うと言われて、患者さんが帰られてから、ぶちきれました。じいちゃん先生に、攻撃したら、壊してしまうと思い、病院の壁に、拳を当て、力を入れました。すると、ドーンという音が病院中に響き、穴が開きました。この時初めて、じいちゃん先生に、注意が出来ました。仏の顔を10000回くらいできる私でしたが、後で、これが、怒髪天かと思いました。この時の心の課題としては、クセのある人意見が言えませんでした。その為、ストレスで、お腹が激痛になったり、お尻、太もも、ふくらはぎがつって、足が曲がったりしていました。その後、3年、分院長をした後、病院時代、一緒にセミナーに行ったオーナーが院長をしている整骨院にスタッフとして入りました。これから先は、競争の時代になるからというオーナーの言葉を受けて、それも、大事かなと思い、入りました。そこに、私の天敵の副院長がいました。副院長の第一声は、「お前、オーナーの知り合いだからってなここでは、通用しないからな!」と怖い顔で言われました。そこの整骨院は、ナチスドイツの収容所みたいな所で、早い人は、半日で辞めたりしていました。ある時、床に指を指していました。何を言っているのかと思って見てみると、その指先の7m先に、1ミリの糸くずがありました。常に、恫喝という感じだったので、私は、その怒りに対しては、怒りの感情をもっていました。いつも、いつも、怒りの感情をもっていました。すると、怒りは、殺意に変わりました。こんな奴、殺してもいいだろうと思うようになりました。殺意を持ちながら仕事をしている、ある時、私の中で、意識チェンジが起こりました。こんな人間のクズのような奴を殺して、私の人生をひきかえにするのは、もったいないなと思いました。そこで、これからは、何ひとつ言わせないように、してやると思いました。ここで、私の中にあった、クセのある人に意見が言えないという心の課題が解決して、どんな人でも言えるように、なりました。この時は、怒りに対して、私の感情は、怒りで戦うという感じだと思います。今では、殺したかった程の相手ですが、いい関係になったいます。私は、心が強くなるというのと、仕事意識が上ったという学びを得て、天敵の先生は、人によって、言葉を選んで、話すという学びを得たと思います。昨年、愛魂(合気道)の黒帯の先輩が、師匠の教えを実践したら、会社を辞めなくてよくなったという話をしてくれました。師匠の教えは、人を見たら、神様と思え、という教えでした。先輩は、植木職人なのですが、そういう気持ちで、会社の同僚に接したら、職場の雰囲気が変わり、いい感じになって、辞めなくてもいいという話でした。それなら、私も、新患の患者さんに、やってみようと思いました。私は、特に、宗教はやっていないので、神様のイメージは、戦っても、かなわないだろうなと思い、馬鹿丁寧な対応をしようと思いました。今まで、実践で相当、揉まれてきているので、苦手な人はいないなと思っていました。心優しい人は、神様と思えるし、普通の人も神様と思えるしと思っていました。ある時、交通事故の患者さんで、ごつい身体で、気の荒い、猜疑心の強い人が、怒りを抱えて、来院されました。交通事故の患者さんは、加害者や、保険会社に対して、その失礼な態度に頭に来ている場合があります。私は、その患者に対して、神様と思おうとしましたが、何で,その位で、怒るのかなと思い、その怒りに対して、私は、大人気ないという感情を持っていました。ただ、そういう気持ちを少しでも、持っていると、患者さんは、癒されませんでした。そうして、とにかく、私の我を出さないように、馬鹿丁寧な対応を続けていたある日、患者さんの気の荒い、猜疑心の奥にある弱い心の部分が出てきました。そこで、信頼関係が出来ました。この時の私の意識は、我のない状態だったので、ただ、あるのは、患者さんの心で、患者さんの我にぶつかる私の我がありませんでした。それを、患者さんは、受けとめられたと感じて、分かってくれたと思い、愛を感じたのだと思います。これで、分かったのは、信頼関係がなくて、価値観が反対だと、お互いが、正義で、戦いとなります。信頼関係があって、価値観が反対だと、そういう考えもあるだと思えます。この状態が、表裏一体だと思います。この患者さんの場合、強そうで、気が荒くて、疑り深いという人でしたから、そういう人が話す相手は、同じ価値観の人くらいだったと思います。だから、心は、孤独だったのかなと思います。信頼関係がなくて、価値観が違うと、お互いの正義がぶっかって、戦いになりますが、本当は、ただ、私の気持ち分かってよだけの気がします。それが、私の気持ちは、分かってくれないし、私の人生とも思っちゃている価値観を否定されるので、頭にくる分けです。信頼関係さえ出来れば、喜怒哀楽は、価値観に対する反応という見方が出来、そこに、上下がない事が分かります。私の親友の一人に、金ちゃんという友達がいるのですが、私の価値観と、真逆で、一生懸命頑張らない、自分勝手に行動する感じなのですが、馬が合うのです。昔の私であれば、価値観的には、一番嫌いなタイプでした。ただ、これは、信頼関係が出来ているから、うまくいっていました。赤ちゃんは、わがままだと思いますが、愛があるから、みんなに愛されます。自己中は、ただ、わがままなだけ。二年位前は、九州男児の父親に、人生を教えた方がいいか、父親の理想の息子像を演じた方がいいか悩みましたが、今は、父親の愛が分かっているので、私も納得の父親の理想の息子像が、無理なくできます。今は、その人が価値観で、怒っているか、愛を持って怒っているかが、分かります。
    価値観で、怒っている時は、こちらに、ちょっぴりでも、我が出て、その状況を創っているんだなというのが分かるようになりました。ポイントは、信頼関係だと思います。信頼関係があるなしで、新しい世界を知ったり、戦いになるんだなと思います。まさとさんと、知井さんは、昨年の一月からの出会いになりますが、熱い友情で、結ばれた、兄弟のような感じでみております。そして、いろいろ学ばせて頂いております。まさとさん!これからも、どんどん思いっきり思うままに、いっちゃてください。危ない時は、弾除けぐらいには、なれると思います。そんな時は、声かけてください。誕生日を迎えられて、ますますのご活躍楽しみにしております。(*´∀`*)

  1. たもりまさと
    • たもりまさと
    • 2015年 5月 31日

    良ちゃん♬
    ありがとうございます!こりゃ、なかなかの読み応えです!!笑
    この件については、僕もじっくり考えてみようと思います(笑)
    仲の良さって、価値観の合う合わないじゃなくて、「この人なら許せる」って思えるかどうかですよね。着ている服の趣味が合ったとしても、着ている感覚や見た目は全然違います。価値観が一緒でも合わないこともあれば、まったく違う服装をしていても着方や雰囲気が似ていたりする場合もあります。だから、価値観が合う合わないで仲の良さが決まるのではなくて、価値観を許し合えるかどうかで仲の良さが決まります。許すことがストレスに感じるようなら仲良くなるのは無理でしょうけど、それって本当はストレスなんて感じませんしね。なんてことは思いました!
    僕と知井さんは、たぶん良い距離感なんです。踏み込み過ぎず、確認をし合える心地良い感覚を維持するのがとても楽なんですよね。たまたまかもしれませんが、そういうのっていいなって僕も思います♬
    ありがとうございました!

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