わからないを知ろう -8- (複雑の中にある簡単のその先にある複雑さ)

20151005044100

 つづきを思い付いた(笑)

 「わからないを知ろう」というただの一言に辿り着くために、7回に分けて、約30000文字の記事を僕は書いた訳ですが、それって結局「シンプルな言葉の奥にある複雑さ」を表現している訳です。
 僕は思うんです。結構真理とか核心とかは「一言で終わるようなこと」が多くて、確かにそうだなって思うようなことも多いんだけれど、そこに至るまでの過程はものすごく複雑な経験と思考の道を辿ってきているはずなんですよね。
 だって、「わからないを知ろうぜ」って言葉だって、あの長々とした説明があったほうが「なるほど」って思えるし、結局あの長い説明を理解したとしたって一言で終わらせられてしまうってことにもなるし。でも、その先にもいろいろな命題は残っている訳だし、そうしたことをどんどん複雑に考えていけるんだけど、その先にあるのもおそらくシンプルな一言になっていくんじゃないかなーって思ったりします。

 まぁさ、「ややこしい」とか「意味不明」とか「読めない…」とか、いろいろ言われたけど。でも、僕はあの思考の過程はとっても大切だと思うんだよね。そんでもって、あの記事の全部もね、いろんな人達と一緒にいながら議論をしていければさ、もっと楽しく面白く笑いながら、あんな哲学の話ができる。
 仲間って大切だよね。僕も助かってるんだよなぁ。
 で、結局なんでもそうだけど、核心を付いた話も、一言でわかる自己哲学も、その裏にある背景に奥深さがあるかどうか?ってとても大切だと思ってんだよね。だから僕はさ、その最高の一言を導き出すための思考が好きなんだよね。

 FXには「波動」ってのがあってさ。まぁそれも全て後付けだし、実際にそう動いているし、真意はわからないけれど、まぁ波動っていうのがあって、その中に「N波動」っていうのがある。それがとてもシンプルで、なんでそうなるの?っていう不思議さがあるんだけど、まぁ綺麗だし、もう一度言うけどシンプルなんだよね。
 で、オールバックに憧れているN山さんはね、そのシンプルさを追求しているんだけど、なんかこう、そのシンプルさの奥にものすごく複雑さがあるんだよね。で、やっぱりそうなるよなって思ったって話なんだけどさ。

 「なんで生きているの?」も「なぜ人を殺しちゃいけないの?」も、一言で終わらせられる核心の言葉はあるよね。なんでもいいけど、「楽しいから生きてる」でも「与えられたから生きてる」でも「人に多大なる迷惑をかけるから」でも「倫理に反するから」でも、なんでもいいんだけど、その一言の裏にある背景が僕はとても大切だと思うんだよね。
 「愛って何?」とか言われると、正直一言で終わらせられるし、正直「義務と犠牲と我慢が愛かな」とかって言うと、「えぇ!?」とかってなるけど、だからその一言の裏にある「妻を幸せにする義務がある。僕は妻のために犠牲になってもいいと思っているし、妻のために我慢して仕事をしていることもある。それが辛いとは思わない」と言えば「なるほどね」って言ってくれるし。
 だから、一言の裏にある「奥深い話」ってのは、結構複雑な説明ができるもんで、そういうことを人生の中で1つ1つ見て考えてみんなで話して聞いてってしながら、哲学を作っていきたいなって思っていたりするんだよね。

 あの「わからないを知ろう」っていうのは、そういう作業のためには、とても良いきっかけだった。めちゃくちゃ考えたもんね。

 読んでない人がいるのなら、是非読んでほしいって思う。まぁ、意味不明なところは確かにたくさんあるけれど(笑)
 「わからない」を知ろう1(わからない時にトレードしてしまう理由)

 そんでさ、なんでわからないことを知りたいのかって言えば…ってことになるんだけど(笑)
 そもそも「わからないのにやる」ということ自体が「おかしなこと」な訳ですよね。だって、わからないのにやるって、ただの博打じゃん?でも、やっちゃうのが人間な訳で、つまりは博打が好きな訳だ。でも、博打じゃ駄目なんだから、それをやめようっていう話なのに、やってしまう…ということは、わからないを知らないってことだ。っていう結論になる訳だね。
 で?わからないを知るために…?考えてきた訳だけど、わからないを知った後はどうするんだろう?ってことも考えなきゃいけないんだよね。
 たださ、わからないってことが腑に落ちた後に、1つだけ、ちょっとした危険があるんだよね。それはね、
 
 「わからないならいいや」

 という思考になってしまうことかな。
 わからないを知る。相場の真理はわからないってことを知る訳だけど、それが腑に落ちたら「わかんねーんだからまぁえーわ(名古屋弁)」みたいな感じになっちゃうかもしれない。
 なんだけど…「わからない」が腑に落ちたら、もう1つは、

 「わかりたい!」

 って思うはずってことなんだよなー。
 ソクラテスが「無知の知」って言った訳だ。それは、無知だからこそ、知りたい!っていう意味。とある仏教で教えられるのは「人間の2種の本能」っつって、それは「恐れ」と「知」なんだって。誰だって「知りたい!」が本能的にある。
 そうだ。僕達は、知らないから知ろうとする。わからないからわかろうとする。ってことだね。言葉遊び。

 さて、ということはだよ。わからないのにやるってことは?わからないけどわかりたい!って思っているのかもしれない(笑) でも、たぶん違う。「わからない」とか「わかりたい」を放棄していると、そういうトレードをしてしまうんだと思う。つまりは、トレードの技術とか、知識とか、そのものへの取り組みの中での「向上」を辞めてしまうと、そうなってしまうのかもしれない。まぁ、好奇心でやってもいいけど、長く勉強しているのなら、やっちゃいけないところは少なからずわかってくるはず。そこが「わからない」から「わかろう」とするために考えるんだけど、そこが「わからない」から「やっちゃえ」は考えを放棄していることにならないかな?だから、「わからない時ほどやっちゃう」という現象が出てくる時点で、おそらくだけど、向上する気が少し薄れている。のかもしれない…

 『わからないからこそ、わからなければいけない。』

 そのためには、考えないとね。じっくり、じっくり、考えなきゃ。
 僕、最近ゲームをしてみたんですけど、あんまりじっくりはやっていないんだけど、ゲームをしている時って、疲れないんですよ。携帯ゲームとか、ずーっとやってる人とかいるけど、なんでやってんのかって言ったら、疲れないからなんですよ。でも、あんな入り組んだシステムとかを理解して、なんで疲れないんだろうね?なんであんなに没頭できるんかな?って考えたこともあったんですけど、最近わかりました。
 ゲームしている時は思考していないんですね。ぼーっとしてる。集中しているんじゃない。ぼーっとしているんですよ。たぶん。だから疲れない。
 本を読んでいる時に、なかなか読み進めることが出来ない時は、必ず読み返したり、心の中で「え?」とか「あれ?」とかってツッコミを入れているはず。それはつまり「思考」なんですよね。だから、本は疲れる。文字を見て、映像を想像するのも、思考だから。疲れる。
 でも、ゲームは違う。僕は全部受動的。ゲームが全て与えてくれる。道しるべも。だから疲れない。あぁそうか。思考しないと本当に疲れないんだなー。よく「集中の限界は1時間」って言うけど、ゲームの時はもっと長いけど…って思ってたけど、違う。思考しながらの集中は1時間が一番良いパワーを発揮できるってことなんだな。たぶん。

 つまり、何が言いたいのかって言えば。「わからないからこそ、わかろう!」っていう作業は、疲れるってこと(笑)だから、疲れなければ、わかろう!っていう向上はできない。わかろう!っていう作業は疲れる。ってことですね。
 頭をかきむしるくらいに「あぁ!わかんねぇ!」って、考えなきゃいけないんだな。あんな、でこぼこしたローソク足の画面を見て、何を考えることがあるんだろうね?って思うけど(笑)たくさんあるよね。いろいろと。
 あーあ。想像するだけで疲れる。でも、疲れることが「努力」なんだな。そして、思考って退屈なんだよなぁ。
  
そんなことを思いました。
突然ですが、終わります。
今日もありがとうございました!

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