FX感情論 -1-やりたいところでやっちゃだめ

160318_札幌FX勉強会0017

FXの話です。

トレードを「やるべきところ」ってどこ?
それがわかれば苦労はしない。

だから、僕達は「やるべきではないところ」を知らなければいけない。
そう、やるべきじゃないかもなぁってところで、あえてトレードをしなければ、
いつまで経っても「やるべきところ」なんてわからない。

やるべきトレードと、
やるべきではないトレード。

その違いを知る唯一の方法は、
「やり続けること」と「あえてやってみること」です。

やるべきところを知るためには、
やるべきではないところを知らなければいけない。
それなら、「やるべきではないかもしれない」という思いがあるその時点で、
やってみちゃうことが大切なことでもあります。

最初のうちはそれはわからないから、
わからないうちは、やるべきではないというところでもやってしまっていい。

すると、やるべきではないところがわかるから、
自ずとやるべきところがわかる。というところに繋がっていくはず。

ということはつまり、
回数が減る。

練習を積み重ねると、
必ず回数が減るんです。

数打ちゃ当たる。じゃないけど、
たくさん打つことで身体で覚える、というのは当然のこと。
だから、たくさんトレードすれば、トレードは上手くなる。は当たり前に言えること。

でも、たくさんトレードすればするほど、トレードの回数って減っていくはず。
だって、「やるべきじゃないところがわかる」はずだから。

だとしたら、
身体で覚える。というのは,数打てばいいのではなくて、
数打つ全てに「どちらかの選択」が無ければいけない。

「これはやるべきだ」「これはやらないべきだ」
全て「やるべき」って思ったからやるのではなく、
「やらないべきだ」というところでもやらなきゃいけない。
いいや、やらないべきだと思わなければいけない。

それで本当に、やるべきところとやるべきではないところがわかるかどうかはわかりませんが、
それでも、やっぱり、回数は減る。

やらないところ、やるべきじゃないところ、そのパターンが積み重なっていくことで、
やらないを初めて選択できるのだとしたら、そこで初めて回数が減る。

それならいいんです。
でも、もしかしたら、「やりたい」に支配されている人はいないだろうか?と考えた。

僕は「やりたい」に支配されてトレードしていたから。

たくさんやれば、いつか上手くなる。
とは、僕は思ったことはないんですけど、
それでも、僕は「やりたいところ」でトレードをしていたと思う。

これまで「やるべきじゃない」って思ってトレードしたことはない。
でも、やるべきところは数少ないから、ぜんぜんやるところはないのに、
すごく多くのトレードをしていた。

その、やるべきトレード以外の、やるべきじゃないとは思っていない、
ノイズみたいなトレードってどこから来てるのかな?って思ったら、
それは「やりたいトレード」ってところから来ているんじゃないかと思った。

やりたいトレード?

やるべき根拠。
やるべきじゃない根拠。

それは、僕の中に確固たる分析がある。

じゃぁ、
やりたい根拠ってなんだろう。
やりたくない根拠ってなんだろう。

感情です。
焦りです。
欲望です。

僕の内側にある、僕の問題です。

やりたいトレードをしても、やりたいトレードを反復練習しても意味がありません。
だって、やりたいトレードは、分析じゃないんだから。
感情だから。

感情のトレードをしているのだから、そもそも対処する場所も感情のはず。
だけど、それがごっちゃまぜになってしまう。

やりたいトレードをしているのに、
分析にあてはめてしまう。

やるべきトレードは分析だけれども、
やりたいトレードは感情だ。

感情的になっているのに、
分析にあてはめて考える。
これがまさに、「後付け」と言われる行為だと思う。

抽象的な表現で大変申し訳ないんですけれども、
やるべき箇所とやりたい箇所はまったく違うってことが言いたいのです。

場所が同じだとしても、そのトレードに対する心の対処は全然違う。

周りを見渡してみると、そりゃ経験の差もあるかもしれないけれど、
やるべきところで出来ない人がとても多いように感じてしまう。
そんなことは無い人ももちろんいるけれど、
そんなことがある人もわりと居る。

だとしたら、それは「やるべきところ」で「やりたくない」訳だ。
やるべきところでトレードが出来ないのは、
やるべきではないと判断したのではなくて、
「やりたくない」と判断したんだ。

分析と感情の折り合いが付かないから、
やるべきところで出来ない。
でも、その「やりたくない」ってのを「やるべきではない」って判断してしまった、
もしくは勘違いしてしまうと、
感情の問題を分析にあてはめて考えようとしてしまう。

ということは?
ということは・・・?

「根拠が薄い」

という言葉がしっくり来てしまう。

やるべきところで出来ない理由は、
「根拠が薄い」から。

本当は違います。
根拠に薄いも濃いも強いも弱いもありません。

これは、僕も最近気付いたことなんですけどね。
「これだけの根拠では出来ない」っていうのは、時々とんでもない雑音になります。

いつの頃からか、ローソク足しか見なくなってから、
そういう気持ちは消えていったけれど、
昔の僕も同じようなことを思っていた。
だから、取り逃したトレードがとても多くあった。

取り逃した理由は、根拠が薄いと言って、
「やるべきところをやりたくない」という事実をはぐらかしていただけ。
やりたくないと選択したのは僕だけど、
僕が悪いという気持ちをはぐらかしてしまった結果、
根拠のせいにした。

もう一度言うけれど、本当は違う。
根拠はただの根拠。
その根拠は「やるべき」か「やらないべき」を示している。

そこに感情がのっかってもいい。
「やりたい」と「やりたくない」を感じてもいい。

でも、一緒くたにしてはだめ。
感情で決断したことを、分析に置き換えてしまっては駄目。
そんなことをしてしまったら、分析が分析じゃなくなってしまう。

やりたいところでやっていると、回数は減らない。
やりたいところを「やるべきところ」と勘違いしていると、回数が減っていかない。
やるべきじゃないところを知れば、やるべきところを知れる。
やるべきじゃないところを知れば、その分トレード回数は減る。
身体で覚えるのなら、トレード回数が減らなきゃいけない。
トレードが回数が減らないってことは、身体でまったく覚えていないということになる。
その理由は、身体じゃなくて、感情でトレードしてしまっているから。

やるべき場所でやりたくない場合の良い表現方法は「根拠が薄い」
根拠が薄い。という気持ちがあってももちろんいいけれど、
根拠が薄い。という理由でトレード出来ずにチャンスを逃す回数が多いのなら、
それは「根拠が薄いという判断が間違っているかもしれない」と思った方が良い。
かもしれません。

僕は、ご存知の方も多いのですが、
最近はチャネルラインでしかトレードをしません。

たまにライントレードもします。

「それだけの根拠」でします。
そんだけです。
そんだけなんですけど、
僕にとってはそれが全てです。

根拠が薄い濃い弱い強いではなくて、
それが「全て」なんです。

なんてね。

トレード回数を減らせない人。
そのトレードは「やるべき」か「やりたい」かどちらだろうって自問してみて下さい。
やりたいのなら、感情を見るべき。
やるべきなら、分析を見るべき。

それだけで何かが変わる保証はありません。
感情の分析、つまりは自己分析をし続けていれば勝てるようになるなんてことはありませんが、
優秀なトレーダー達は、必ずと言って良い程に自己分析をし続けているそうです。




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