それから先のことはあなたの自由だから

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そんな寂しいこと言うなよ。
って思うのは僕だけだろうか。
そうでもないんかな。

嫌いな人から言われる分には全然良い。
でも、仲の良い人からこの言葉を聞くと、
僕は個人的なショックを受ける。

「あなたの人生だから」
「その人の人生だからその人の自由」

僕はそれは子供には言えないな。
当然、子供は家族なんでね、言えないと思うけれど、
じゃぁ仲間って、どっちなんだろうなって思う。
うーん。どちらかと言えば、他人ではないと僕は思うんだけれども。

大人になって、親になって、子供が出来て、
僕にも心の変化があって、だからこそ、
子供にはそんなこと言えないと思うし、
同時に、仲間にもそんなこと言いたくないよなぁって思う。

でも、よく聞く。
本当によく聞く。

「本人の自由だから」

聞かない?
後で説明しますが、僕は「本人の自由」っていうのはね、
自分自身が自分に言う言葉であってね、
それはお友達にはあまり言いたくないんですよ。

「応援」という意味ではもちろん良いけれど、
どっちかっていうと「投げやり」なその言葉を聞くことがあって、
その時に、いつも思う。

まぁさ、本人の自由っていうのはその通りなんだけど、
僕は、口出しさせてもらいたいって思うんですよね。
「そんなのまさとは自分勝手だ」と言われるかもしれないけれども、
誰かと共に生きていくのなら、その他人行儀は無くても良いと思うんだ。

じゃ、仲間にはどうなんだろうか。
うーん。どちらかと言えば、たくさん話し合いたいよね。

話は少し変わっていきますが…

投資ってさ、全て自己責任ですよ。
トレードだって、自己責任。
それは必ず本人が思っていなければいけないことであってね。

でも、他者の責任かもしれねーなって思うのは、
「僕が誰かに対して悪影響を与えてないだろうか?」
というところで思った方が良いと僕は思うんですよ。

僕は誰かのせいでこうなった。とは思わないようにしている。
思うこともある。嫌なことをされれば、ふざけんなよって思うよ。

でもね、投資に関しては、そう思っちゃいけないんですよ。

手法に偏れば、手法のせいにできるから、見直せなくなるところが出てくる。
管理に偏れば、管理のせいにできるから、見直せなくなるところが出てくる。
そうして、目の前の目に見えることに注目していると、
自分でもなかなか見えないところの改善は疎かになってしまう。
だから、いつでも「自分にある原因」ってのを探る意味で、
「自己責任」という感覚は持っていた方が良いと思うんだ。
いいや、持たなければいけない。

だけど、なんだけども、いやそーなんだけどさ、
「他人のせいかもしれないな」って思ってしまうこともあると思うんだ。

でもそれは、自分が他人に対してしていないか?っていうところだけで考えた方が良いと思っててさ。

僕が誰かに悪影響を与えていないだろうか?
それを僕に言っていいのは、僕だけ。
だから、誰かのせいでって僕は他人に言わないようにしているよ。

あ、嫁にはたまに言うけど(笑)
「おまえはこれだから…」みたいなこと言うと大体お尻蹴られますけど(笑)
まぁジョークのやり取りだけどね。

僕さ、思うの。
新幹線で、子供がうるさいでしょ。たまにね。
で、親が「子供だからしょうがない」って顔はしちゃだめなんですよ。
親だけは子供でも「うるさい静かにしなさい」って怒らなきゃいけない。
それで、乗り合せてる他人が「子供だからしょうがない」って言う気持ちになるし、
他人だからこそ言える言葉ですよね。「子供だからしょうがないよ」って。
優しい気持ちでね。

だからね、こういうのって何かって言えば、子供って問題よりも、
その親に向く怒りの方が強いもんじゃない?
僕は子供がうるさいと、親に腹が立つよ。
二児の親として、その親の気持ちがまったくわからない。
静かにした方が良いところが必ずあるから。
教えればいいと思う。ただ教えればいいのに。

だから、親だけは、そういうところで子供を怒ってほしいって僕は思うんだよな。
僕はそうしてるし。

前も書いたけど、
「子供にはわからないから」って、親だけは言っちゃいけないと僕は思うんだよな。
親だけは、常にわかってもらおうってしなきゃ。
で、それを見て他人が「まだわからないよ」って言うっていうのが、良い構図だと僕は思うんだ。
親がそれを許してしまうと、わかっていて悪さをしてわからないフリをする子供になるだけだと思うから。

子供の頃、悪さをした記憶がある。
で、悪いことをしちゃいけないことも知ってたし、
やったら怒られるであろうこともわかっていて、
わざとやってた時があったんだよな。
細かくは覚えていないけれど、悪いことをしよう!ってしている。
それを「わからないのかな」って思っちゃいけない。
駄目なことは、駄目じゃん。

「駄目って何?」とか哲学的な小難しい話はやめて、
何が駄目なのか?ってことを聞く前に考えてね。そういう人は。
単純に、子供が包丁とか触らないでほしいじゃん。

わからないけど、子供にもよるし、未来もわからないけれど、
僕はそういうことを考えて子供と接しているよ。
驚かれることもあるけどね。

それと同じでね、
自己責任という大前提というか、確実にそうだからなんとも言えないけど、
それはもう、そこにあるというか、動かしようのない事実なんだけど、
それでも、他者責任もあるかもしれないなって思うのは、
自分以外に向けた言葉にした方が良いって僕は思うんだ。
自分は自己責任だけど、他人は他者責任もあるかもなっていう矛盾した思考を持ってね、
みんながみんなと接していたら、みんなはみんなに優しくできると思う。

でも、自分が他者に責任の所在を求めてしまうとね、
そんだけで簡単に人間関係に歪みが生まれてしまう。

ま、ただ、思いやりっていう話なだけなんだけどね。

このアンバランスな感覚が、相容れないもの同士が、
一緒になれたらいいなっていつも思ってるけれど、それは無理なんだけど、
似たような話で「あなたの人生だからあなたの自由にしたら」っていうのは、
それは自分が思うことであっても他人にその言葉を言うべきではないって僕は思うんですよ。
少しだけ、思いやりがあれば「もしかしたらこうなんじゃない?」とか出てくるもん。
「こうしてみたら?」「これはどうなの?」「うまくできたの?」

本人から拒絶されたら話にならないけれど、
拒絶されるような人とは仲良くはなれないだけなんだけど、
少しだけ相手のことを考えて、少しだけ相手の話を聞ければ、
割とね、仲良くなれるし、それでいて良い気付きもたまにはあると思う。

ということでね、
僕は好きじゃないんですよ。
他人に向けて言う「あなたの自由だから」は、
仲間に向けては言う言葉では無いと思ってる。
そう、他人に向けて言う言葉だよなって思うな。
ま、僕は嫌いな人にしか言わないけどね、それ(笑)

とは言え、
考えなくてもいいやこれって思うこともあるけれど、
思いやりもってねって、逆に言われるであろう思考を捨てた人間関係も僕の中にあるけれど(笑)
それは良くないけれど、良くないとしてもその人とはそうしようって思ってしまう。
そんな場合もあるって、ただね、今回の文章で一本調子で行くのではなくてね、
「それでも、まだまだ何かがある」っていう思いは、忘れないでいようとも思ってるんだ。

なんか、自分の主張ばかりしている人に、自分に原因がある可能性とかを突っ込んで聞いてみると、
「それはそうなんだけど」と一度認めつつ、その原因の話はスルーして、
誰かのせいにばかりして、怒り出したり泣き出したり感情的になって、
自分の原因の話をはぐらかそうとして話をしてくるっていう、そんな状態で話聞くことってよくあってさ、
そういうの聞くと「この人には介入しないでおこう」って判決を下すことになるんだけどね。
そう、まさに「あなたの自由だから」って言葉がその時頭の中を駆け巡る訳ですけども、
ある意味、その言葉によってその人との人間関係にオチを付けてしまうんだよな。
だから、「考えなくていい理由」にもある意味なってしまう。

そういったことを別々に考えられるのならいいけれど、
そういうことを別々に考える人も少なく感じてしまっている。

親が死ぬと悲しいことと、親がしてきた嫌なことを我慢することは違う。
だから、親が死んだら悲しいだけだから、少しくらいは許して上げようよと一緒くたに考えるのは、
僕は違うと思うんだ。それは別々の問題なんだよな。

ブログの中に矛盾があるけれど、
単純な話。

仲間には言うし、他人には言わない。
ただそれだけ。
仲間なら、言った方が良いことは言おう。

でも、自分の発言が独りよがりで自分の原因を無視し続けた内容になっていないだろうかってことは常に気をつけよう。
たまに出現するからね。自分に原因は無いと勘違いしている人。嫌いなんだよなそういう人。

ま、そんなこんなで、今日はこんな感じで、どうでしょう。
あー、ブログって久しぶりに書くと、「内容大丈夫かな?」って緊張するわー。

追伸、
昔、親に言ったことある気がする。
まぁ、確実に思ってはいた。
「てめーにはかんけーねーだろ」
あれから17年くらい経ちましたが、
人間、変わるものですね。
そんなこと、言っちゃいけないなって今は思う。

とりあえず、子供ってかわいいっすよね。




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コメント

    • かーちゃん
    • 2016年 12月 20日

    大将こんちは。今日これから出かけるから、ちょっとだけコメントさせて。ホントはこの記事に対して書きたいことたくさんあるんだけどさ。要約すると、「いや~大将、いいこと言うな!!!!!いいやつだな!!!!」取り急ぎまとめるとこんな感じ。笑 家族はもちろんだし、自分の周りにいる人たちに対しての気持ちは私も同じかな。あと、親が子に教えることで出来る周りとの構図。その通りだよな~って。朝からあったかい気持ちになったから、伝えたかったんだ。ありがとね!じゃ行ってくるわ!

    • たもりまさと
      • たもりまさと
      • 2016年 12月 20日

      おー!かーちゃん!どもども!
      いやー、ちょっとねー、支離滅裂な文章になってるね。でも、こんな拙い文章でも言いたいことを受け取ってくれるかーちゃんはさすがだな。そうなんだよなー。みんなとたくさん話し合いたいし、言った方が良いことは言いたい、というより、聞いてくれる人とか、聞きたい人って思えるような人達と一緒に付き合うことができたのなら、「お前の自由だから」じゃなくて「お前の自由なんだけど俺はこう思うんだ」って会話ができると思うんだよね。その方が良いよね。最終的に話が合わなくても、折り合いがつかなくても、そんでも仲良くできると思うからさ。
      親と子と見ず知らずの他人との構図は、賛否両論あると思うんだけど、他人が「やめてあげなよ」って思うくらいの方がさ、親に対する怒りも軽減されるような気がするなーって思って、そんなことを書いてみた。次回からはもうちょっと文章の構成考えて書くわ〜!これ、寝起きの30分くらいですらすら書いちゃった記事だから(笑)

    • りえこ
    • 2016年 12月 20日

    りえこです。進んでいません、すみません。
    まさとさんのブログが更新されると「あちゃぁ」って思う自分がいます。

    「お前の自由だから」じゃなくて「お前の自由なんだけど俺はこう思うんだ」
    ここ、超ナイスです。いただき!

    もう、今年も終わりであまりに早くてついていけません。

    お嬢さんは、まさとさんに似てるけど、これは美人になりますね。
    パパ、どーする?

    では、また。

    • たもりまさと
      • たもりまさと
      • 2016年 12月 20日

      りえこさん!全然大丈夫ですから!!(笑)、ゆっくりやってください♬
      ちょっと、あれなんですよ。これから普通に更新していこうと思っているので、さらに「あちゃー」が続くかもしれません(笑)でも、いいんです。ゆったりまったりいきましょう!楽しみにしてます(笑)
      それが、一番わかりやすい表現でしたね。でも、世の中の親の気持ちって、そうだと思うんですよ。子供の自由にはさせてあげたい!だけれでも、親として言わせてくれ。という。それを子供は嫌がるものですが、今となってはそうしたい気持ちと、そうであるべきだとも思うようになりましたし、だからこそ、深い関係の仲間でもそうでありたいと思う。歩み寄ってくれる人がいるのなら、僕も「それならさ」っつって、深く考えて、言いづらいことも言わせてもらって、話し合いたいって思うんですよね。
      「好きにしなよ」という自由と、「好きになんてすんなよ」という不自由の、その間をうまく表現できれば、それが一番心地が良い場所になるはずなんですけどね。まだ、僕の頭にはその言葉が浮かびません。がんばります。

    • かーちゃん
    • 2016年 12月 20日

    「好きにしなよという自由と、好きになんてすんなよって不自由。」大将のりえこさんへの返信さ、人間らしくていいなあって思う。人間って、ファジーの中で生きてるもんね。表現出来なくていいと思うよ大将!人を思ったときみんなが垣間見るジレンマだもんね。とにかく大将はあったかいってことだよね。そんな大将が大好きで応援してる仲間がたくさんいるから~。

    • たもりまさと
      • たもりまさと
      • 2016年 12月 20日

      お!おおぉ!かーちゃん!ありがとう!
      僕の座右の銘?というか教訓?というかテーマ?が「不自由の中に自由を」なんですよ。なんで、片方の中にある真逆を探しているというか、なんていうか、灼熱の中にある冷静とか、極寒の中にある激情、みたいなやつを探しているというか(笑)。となると、やっぱり、相容れ無いことを抱えて生きていることや、矛盾を抱え、わだかまりを背負いながらも、支えてくれた人たちが居ることにも気付けるよね。嫌なことの中に良いことを探すってのも近いけどね。一緒くたにするのはまた良くないって話にもなるけれども、そんな「ささやかな幸せ」みたいなやつを感じられればね、辛いことから逃げるのではなくて、辛いままでも良いさ、でも頑張ろう。とかって思えるのかもしれんなーと思ったり。幸せってだいたい、ささやかなんだよなー。
      ということでね、応援してもらえるのはとても嬉しいですよ!やっぱり仲間って、会う回数とか時間とか年齢じゃねーな!仲良くしよう!って気持ちだな!楽しもう!と楽しませよう!を両方持ってなきゃいけねーしな!ありがとう!!

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