貸すかあげるか

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いらないプレゼントってたまにあるよね。
そういうことにならないように気をつけているんだけど。

例えば、プレゼントの一種で料理を持ち寄ったりする時にね、「余ったからもらって」と言って渡されるのとかって、嫌だろうなーって思ってさ、「余分に作ったからもらって」って言って渡したい。とか、僕は思うんですよ。
余り物をもらうより、作った物をもらいたいよね。同じ物だけど、言葉の使い方で印象はだいぶ変わるよね。まぁ、気にならない人もいると思うけど、気にならないからしない。っていうことでもないと思うんですよ。気にならないけどしてあげるってのが一番良いなって思うし、気にならない人がそれをしだすと逆に気になり出してしまってストレス?溜めちゃう?みたいなことがもしもあるとしたら、その時に必要になってくるのが「強さ」なんですよね。

気になるか?気にならないか?
ではないんですよ。
気にしながら生きるか?気にしないように生きるか?
なんですよね。
気にならない事が善ではないんですよ。気にしているけど大丈夫、気にしてるけどまったくストレス溜まらないっていう状態が吉だと思うんですよ。

だから、気配りって大変なのも事実でね、これまで気配りをなんとなくし続けてきましたけれど、逆に気になることが増え過ぎて正直イライラすることもたくさんありました。けれども、それでもやり続けていき、イライラするのならイライラを我慢しながら続けなければいけないって僕は思うんですよ。僕自身にはね。
そこで、心に強さが芽生えれば、イライラを凌駕できる。イライラしない訳じゃなくて、イライラに勝てると思うんですよ。イライラを感じなくするのではなくて、立ち向かっていける。むしろ、踏みつぶせるというか。弾き飛ばすことができるというか。
そういう人間になりたいんですよ。感じられる人間になりたいんですよね。

強くあるために。
僕は、正直無駄な買い物をたくさんしてきたなって最近思うんですよ。着ていないワイシャツがたくさんあるし、1度しか来ていない服も、1度しか履いていない靴も、たくさんあるんですよ。
で、偏るんですよね。やっぱり自分が気に入っている服に。ドライビングシューズと、ユニクロのスウェットパンツと、セオリーのロングTシャツなんですよ。僕の毎日のスタイルって。オシャレとは言えないかもしれません。
なんですけど、僕のそういう格好を真似する奴は居るんですよ。「これもいいな」って思ってね。真似するんです。つまり、オシャレとは言えないかもしれないけれど、真似はされるっていう。まぁ誰でもするスタイルって言われればそれまでですけど、それでも、真似をされるってことは、なんかほら、良い感じなのかなって(笑)。

少し話は逸れたけど、だからね、僕は「もう着ないな」って思った服は誰かにあげるんですよ。家に来てもらって、「欲しいの持ってっていいよ」って言うんですよ。いらないものをあげるって嫌だから、欲しい物もっていきな。の方が、なんていうか嬉しいじゃないですか。「ゴミだからもらってや。」じゃなくて、「捨てちゃうからその前に欲しいものリサイクルしてや。」みたいなニュアンスの違いがあるじゃないですか。後者の方が良くない?って思うんですよ。僕はね。

ただ、そうした「もらいもの」っていうのは、なんでしょう。僕の経験上はものすごく着やすいんですよ。痛んでも気にならないし、むしろ痛むまで着まくることが出来る。なんていうか、楽に着れるんですよね。なんでしょうね。
実際、僕もたくさんの服をですね、僕の後輩にあげているんですが、彼はもはや、僕のあげたシャツしか着ていないくらいですからね。でも、その方が良いんですよ。楽に着れるんですよ。なぜか。自分が買ったものよりも高価に思えるんですよ。そんなに高価じゃないんだけど。そういうのをしていると、無駄だと思った買い物の救いにも僕がなるんですよね。

少し話は逸れたけど、強く在るのなら、好きな格好で居た方が良いですよね。だからと言って人前でスウェット…、は、たまにやりますけど、仕事でスウェットとかは着ないけどね。でも、自分の好きな格好で居られた方が良いよね。って思うんですよ。
オシャレはした方が良いけれど、無理にするのではなくて、自分が自信を持てる服を数着もっていればいいだけだったなって僕は思うんですよ。下手にワイシャツをたくさん買う必要は無くて、普段着はスウェットでいいんだしさ。だって、僕パンツとか25着くらいあるんですけど、家に。なのに、いつも着るのは3種類くらいのジーパンです。シャツはあげ過ぎてもうあんまりありませんけど。
だから、その3種類くらいのジーパンと、ここぞって時に着る自信のあるパンツが3着くらいあれば、あとの19着って不必要なものになっちゃうんですよ。不必要な買い物をしたってことになっちゃうんですよ。実際そうなんですよ。着ないんだもん。

難しいところだけど、自信のある服じゃなかったってことなんですよ。ただ、少しばかり値段が高いだけだった。価格に価値を置いて買ったものってのは、そういう末路を辿ることが多いね。

自信のある服装だけを厳選し、それを家に置いておくことを意識すれば、あとは別に何もいらないってなるじゃないですか。
やっぱ、自分を良く見せたい、とか、自分を人より高く評価されたい、というところがあるとね、価格に価値を置いてしまうんですよ。それをやめるために必要なのって、強さなんですよ。結局のところね。非難されても怖くない状態、または非難に立ち向かえる精神状態であるのなら、価格に価値は置かなくなると思うんだよね。となれば、好きなものを着ることと、自信のあるものを少し持っていることを意識できる。それが自ずと、節約に繋がってしまうっていうことですね。

なんだけど、不必要な物を必要と考えて買うのとは違い、不必要な物が不必要な物として自分のもとにやってくると、不必要ってのが根本にあるから、逆に不必要な物と自然に付き合えたりするのかもしれないなって思ったりして、もらいものって本当によく着れるんだよなーって思うんですよ。
ちーさんからもったら服はたくさんありますが、まぁ、よく着てますよね。自分が買ったものより、よく着ちゃうんですよ。なんでだろうな。僕だけかな。僕と僕の後輩だけの話なのかな。なんでだろう。

だからね、そういう意味で、「あげる」って良いなーって思うんですよ。
中古で買うって状態と同じなんだけど、中古も「買う」ってなるとね、一気に頭の中での価値が下がるというか。つまり、結局は価格に価値を見出しているってことになるんだよね。でも、あげるって中古品に絶対なっているはずなんだけど、まぁタダってのもあるし、知り合いからもらうっていうのもあるけれど、なんでしょう。着やすいんですよ。それが本当に価値があるものかどうかもわからないのに、着やすくなるんですよ。
まぁ、僕や後輩のように値段に価値を置いてしまっている人がそういう状態になるのかもしれない。むしろ、そうでない人達は、中古でもなんでも買って着れるもんね。

オシャレに精通している人は古着とかを好むけど、そういう状態になれるくらいにもっと服と向き合えればいいんだよな。値段じゃなくて「服」で選ぶっていうか。安ければ安い程いいしね。肌触りとか重要だけど、高い服でも肌触り悪いのたくさんあるから。

どうでもいい話をしてしまったけれど、
要は「自信のある服」だけを選択するのも意外と勇気がいるんですよね。ってことですね。
まぁ、ヨレヨレとか、ボロボロとか、そういうのは避けた方が良いけどね。ユニクロはとても綺麗なスウェットです。なかなか長持ちしますし、ボロボロになれば買い替えるのも楽ですね。安いから。
だから、好きな服を着るのと、なんでもいいから着るのとは違うからね。このへんのニュアンスを伝えるのは難しいですね。

「貸すかあげるか」ってタイトルで、
「あげる」だけの話になってしまいました(笑)。
そのうち続き書きます。

こんな感じでどうでしょう。




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